哲学史におけるカントの登場は、哲学の方向性を根底から変える大きな転換点となりました。彼が構築した『純粋理性批判』の思想には、近代哲学が抱える二つの「難問」と、ヒューム哲学の影響が深く関わっています。この記事では、近代哲学の二大難問とカントの出発点を解説します。
哲学史の二大ピーク
哲学の歴史には、二つの大きなピークがありました。
- 古代ギリシャ哲学:ソクラテス、プラトン、アリストテレスらが活躍した時代。
- 近代ヨーロッパ哲学:デカルト、スピノザ、ライプニッツ、カントなどが活躍した時代。
二つのピークに共通する背景
これらのピークの背景には、「商業の発展」があります。商業の発展により、人々の移動や情報の交換が活発化し、多様な価値観や文化が交わるようになりました。その結果、「自分たちの当たり前が世界の当たり前ではない」という気づきが生まれ、哲学が深化する土壌が形成されました。
近代哲学の二大難問
哲学が解明しようとした大きな課題として、以下の二つが挙げられます。
1. 物心問題(ものと心の関係)
「もの(物質)」と「心(精神)」はどのように関係しているのか、という問いです。
デカルトの解答:物心二元論
- もの(物質) と 心(精神) は完全に異なる存在である、とする考え。
- この立場では、「心がどのようにして物理的な身体を動かしているのか」という問題が解決されませんでした。
現代への問い
- 自由意志は存在するのか?
- AIは人間の心を持つことができるのか?
- 道徳や美など、物理的世界に存在しない価値の根拠はどこにあるのか?
これらの問題は未解決のまま、現代哲学や科学でも議論が続けられています。
2. 主観と客観の一致問題
「人間の主観的な認識は、どのようにして客観的な世界と一致するのか」という問題です。
デカルトの解答
- 主観的な世界 の外に出ることは不可能であるが、神が人間に客観的認識能力を与えた、と説明しました。
- しかし、「神の存在」という前提は議論として弱いと批判されます。
ヒュームがもたらした挑戦
ヒュームの主張
ヒュームは「イギリス経験論」の立場から、次のようなラディカルな考えを提示しました。
- すべての認識は経験による:人間の知識や信念は、過去の経験から作られたものに過ぎない。
- 因果律の批判:原因と結果の関係は自然の法則ではなく、繰り返された経験から生まれる人間の習慣に過ぎない。
ヒュームの例:炎と熱
私たちは「炎が熱さの原因である」と考えますが、ヒュームはこれを否定します。彼によれば、炎と熱は繰り返し経験されただけであり、「因果関係」とは人間の思い込みだと主張しました。
科学への挑戦
ヒュームの思想は、科学の信頼性をも揺るがします。「科学的知識は客観的な真理ではなく、人間の信念に過ぎない」という彼の主張は、当時の哲学界に大きな衝撃を与えました。
カントの衝撃と革新
カントは、ヒュームの思想に大きな衝撃を受けました。彼は次のように述べています。
「ヒュームの懐疑論は、私を独断のまどろみから目覚めさせた。」
しかし、カントはヒュームの考えをそのまま受け入れるのではなく、「科学の信頼性を取り戻す」ために新たな哲学体系を構築しました。
カントのアプローチ
- ヒュームが批判した「因果律」の根拠を探求し、人間の認識の仕組みを徹底的に解明。
- 科学の客観性を支える理論的基盤を示すことで、ヒュームの懐疑論を克服しようとしました。
まとめ
カントが挑んだ二大難問(物心問題と主観・客観の一致問題)は、現代の哲学や科学にも通じる普遍的なテーマです。また、ヒュームの思想がカントの哲学を生み出す契機となったことは、哲学史の中でも特筆すべき出来事です。