円の支配者と信用創造理論:リチャード・ヴェルナーの視点から日本経済を読む

円の支配者 政治・経済学

リチャード・ヴェルナー氏の著書『円の支配者』は、日本経済と世界の金融システムを理解するための重要な視点を提供します。その中心にある「信用創造理論」は、銀行がどのようにお金(信用)を作り出し、それが実体経済や金融経済にどのような影響を与えるのかを解き明かしています。この理論を基に、日本の経済成長、バブルの形成と崩壊、そして現在の経済停滞について詳しく解説します。


信用創造理論とは?

信用創造の基本的な仕組み

「信用創造理論」は、銀行が単なる預金の貸し付けを行うだけではなく、事実上新しいお金を創造しているという考えに基づいています。このプロセスは、現代の金融システムの中心的な要素であり、経済全体の流れを大きく左右します。

銀行の信用創造の仕組み

銀行が融資を行う際、貸し出された資金は預金として借り手の口座に振り込まれます。この預金は、新たな購買力を生み出します。このプロセスを通じて、元々存在しなかった「信用」が生み出されるのです。

例:

  • Aさんが銀行から100万円を借りると、その100万円はAさんの口座に入ります。
  • Aさんがそのお金を使ってBさんに支払いをすると、Bさんの口座に100万円が入金されます。
  • このようにして、銀行の貸し出しが新たな預金を作り、経済に新しいお金を供給します。

信用創造の規模を左右する要因

銀行の信用創造は、中央銀行が決定する政策金利、規制(例:預金準備率)、そして市場の需要によって左右されます。例えば、低金利政策が行われると、銀行は借り手を増やすために融資を拡大し、信用創造の規模も大きくなります。


実体経済と金融経済への影響

ヴェルナー氏は、銀行の信用創造が「実体経済」と「金融経済」のどちらに向けられるかで、経済の結果が大きく異なると説明しています。

実体経済への信用創造

実体経済への信用創造とは、銀行が企業の設備投資、工場建設、インフラ整備など、実際の生産活動に必要な資金を供給することを指します。

  • 具体例 企業が新しい工場を建設するために融資を受けた場合、そのお金は建設業者や設備メーカー、労働者などに支払われます。これにより、経済全体の生産性が向上し、雇用が創出されます。
  • 影響 実体経済に資金が向かえば、持続的な経済成長が可能になります。例えば、日本の高度経済成長期には、多くの資金が製造業やインフラ建設に向けられました。

金融経済への信用創造

金融経済への信用創造とは、不動産や株式市場などの資産市場への投資や投機のために資金が供給されることを指します。

  • 具体例 銀行が投資家に不動産購入資金を貸し出すと、その資金が不動産市場に流入し、地価が上昇します。同様に、株式市場への資金流入も株価を押し上げます。
  • 影響 金融経済に偏ると、バブルが発生しやすくなります。例えば、1980年代の日本では、土地価格が異常に高騰し、最終的にバブル崩壊を招きました。

日本経済の信用創造の歴史

戦時経済と信用創造

戦時中の日本では、経済全体が国家主導の計画経済に移行しました。信用創造は、戦争遂行のための資源配分に活用されました。

  • 銀行の役割 日本銀行を中心に、民間銀行が軍需産業への融資を優先的に行うよう指示されました。これにより、鉄鋼や兵器、航空機製造などの軍事生産が急増しました。
  • 株主の排除 戦時中は経済の効率性を高めるために、企業経営が官僚主導で行われました。株主は経営への発言権を剥奪され、資本の柔軟な配分が可能になりました。

結果と影響

このような計画経済により、短期間で膨大な資源が軍需産業に集中しましたが、戦後には過剰な設備や不良債権が残り、経済復興への大きな課題となりました。


高度経済成長期

戦後の日本は、信用創造を巧みに活用して驚異的な経済成長を遂げました。この成長は、主に大蔵省と日本銀行が連携して行った経済政策によるものでした。

  • 大蔵省と日本銀行の主導 日本銀行は、製造業やインフラ開発など、実体経済に必要な分野への融資を促進しました。同時に、大蔵省は財政政策を通じて、公共事業を積極的に推進しました。
  • 産業構造の変化 日本は、自動車産業や家電産業など、輸出競争力の高い分野で世界的な成功を収めました。これにより、国内の雇用が大幅に増加し、国民の生活水準が向上しました。

バブル経済とその崩壊

1980年代後半、日本は金融経済に偏重した信用創造によるバブル経済の頂点を迎えました。

  • バブルの形成 銀行が不動産や株式への融資を急拡大した結果、地価や株価が急騰しました。一時期、東京の土地価格はアメリカ全土の土地価格を上回ると言われるほどの異常な状況に陥りました。
  • 崩壊の影響 バブルが崩壊すると、銀行は大量の不良債権を抱え、経済は「失われた10年」へと突入しました。この影響は現在の「失われた30年」にも引き継がれています。

信用創造と現代の日本経済

現状の問題点

  • 金融経済への偏重 日本銀行は金融緩和政策の一環として、大量の資金を市場に供給していますが、その多くが金融市場に向かい、実体経済には行き渡っていません。その結果、株価や不動産価格は上昇しても、雇用や消費の改善にはつながっていない状況です。
  • 内需の弱さ 企業は新規投資を控え、賃金も低迷しているため、国内の消費は依然として低調です。これにより、経済成長の原動力となるべき内需が弱体化しています。

ヴェルナー氏の提言

  • 地方銀行を活用した地域経済活性化 地方銀行を通じて、地域の中小企業や農業、観光業などに資金を供給することで、地方経済を活性化させるべきだと提言しています。これにより、全国的な経済成長が実現できる可能性があります。
  • 実体経済への資金誘導 政府が積極的に公共投資を行い、教育や医療、インフラ整備に予算を充てるべきです。これにより、経済全体の生産性が向上し、持続可能な成長が実現するとしています。

まとめ

リチャード・ヴェルナー氏の信用創造理論は、日本経済の成功と課題の両方を解明する上で重要な鍵となります。戦後の経済成長からバブル崩壊、現在の停滞に至るまで、信用創造が果たした役割は非常に大きいものです。今後は実体経済への資金供給を強化し、内需を活性化することで、日本経済の再生が可能になるでしょう。

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